一人暮らしを始めたばかりの頃、私はトイレットペーパーの在庫管理を甘く見ていました。深夜に最後の一巻きを使い切り、予備がないことに気づいた絶望感は今でも鮮明に覚えています。外は激しい雨が降っており、コンビニへ走るのも億劫だった私は、机の上にあった箱入りのティッシュペーパーを手に取りました。水洗ボタンを押すと、ティッシュは何の抵抗もなく吸い込まれていき、私はその光景を見て「数枚なら大丈夫だろう」と高を括ってしまったのです。しかし、その安易な判断が悲劇の始まりでした。それから三日ほど経ったある朝、普段通りにトイレを流したところ、水が引くどころか、便器の縁ギリギリまで水位が上昇してきたのです。心臓が止まるかと思いました。慌ててラバーカップを買いに走り、数時間にわたって格闘しましたが、状況は一向に改善されません。結局、専門の修理業者を呼ぶことになり、作業員の方が便器を外して調査した結果、排水路の奥でティッシュペーパーが幾層にも重なり、粘土のような硬い塊になって通路を完全に塞いでいたことが判明しました。作業員の方は呆れた顔で、ティッシュはトイレットペーパーと違って水の中で繊維がほぐれないため、たとえ一枚であっても詰まりの引き金になると教えてくれました。特に現代の節水トイレは水流が弱いため、異物が管内に留まりやすいのだそうです。作業が終わった後に手渡された請求書には、緊急出張費や便器の着脱費用を含め、数万円という金額が記されていました。当時の私にとっては一ヶ月の食費に匹敵する大金であり、その後の生活は極めて困窮しました。あの夜、少しの手間を惜しんで雨の中を買い物に行かなかった代償は、あまりにも大きすぎました。この痛い経験から私が学んだのは、製品にはそれぞれ定められた用途があり、それを無視した使い方は必ず自分に跳ね返ってくるということです。それ以来、私はトイレに常に三ロール以上の予備を常備し、どんなに困ってもティッシュペーパーを便器に捨てることは二度としないと誓っています。
突然のトイレ詰まりで思い知った安易な代用の代償