真冬の夜に発生した大きな地震の後、私の住む地域は三日間にわたる断水に見舞われました。テレビやラジオで繰り返される被害状況に不安を募らせながらも、生活を維持するために直面したのが、避けることのできないトイレの問題でした。備蓄していた二リットルのペットボトル水は飲料用として確保していましたが、いざとなるとその一部をトイレのために使わざるを得なくなります。最初の数時間は、以前にネットで読んだ「ペットボトルを逆さまにして一気に流せば大丈夫」という知識を信じて行動しました。しかし、実際にやってみると現実はそう簡単ではありませんでした。二リットルのボトル一本を流し込んだだけでは、トイレットペーパーすら完全に消えてはくれず、便器の底で虚しく渦巻くばかりだったのです。このとき、水の重さと勢いの重要性を身をもって知りました。結局、一度の洗浄を完結させるために、三本のペットボトルを一度に抱えて、腰を浮かした不安定な姿勢で注ぎ込む作業を繰り返すことになりました。薄暗い懐中電灯の光の中で、水が溢れないように細心の注意を払いながら行うこの作業は、精神的にも肉体的にも非常に消耗するものでした。さらに困ったのは、使用後の臭気です。通常ならレバー一つで解決するはずの清潔な空間が、水の節約を意識するあまり、一気に不衛生な場所へと変わっていく恐怖を感じました。この経験から学んだ教訓は、断水時のトイレ洗浄において「水は節約しすぎてはいけない」ということと、「勢いをつけるための容器が不可欠である」ということです。ペットボトルの口から直接注ぐのでは、どうしても流水にムラができてしまい、効率的な洗浄ができません。それ以来、我が家では空になったペットボトルを捨てずに、水道水を詰めてトイレの隅に常時十本以上並べるようにしています。これは飲料用ではなく、あくまで「流すための水」として確保しているものです。また、断水生活の後半では、汚物を流し切った後に残るはずの「封水」が蒸発したり吸い込まれたりして、下水の臭いが上がってくることにも気づきました。仕上げとして五百ミリリットルのペットボトル半分ほどの水を静かに足し、臭いの蓋をすることの重要性も、あの過酷な三日間が教えてくれた知恵の一つです。災害は忘れた頃にやってくると言いますが、あの日、暗いトイレで必死にペットボトルを振っていた感覚は、今も私の防災意識の根底に深く刻まれています。